改悛は偏見の黴風なりや

 年末にHPで注文したパチョコンが来ない。正月に来月下旬まで待ってくれとメールが着たので、うむ、と頷いた。2月に来月上旬まで待ってくれとメールが着たので、待つことにした。3月となって白ヤギさん食べるお手紙すらもなくて餓死寸前。

 年明けを待たずして仕事をやめてからの鈴木の裕の太はどうだったか?君たちは知っとるか?

 まず1月は、俺にとって正月には実家に帰らなければならんという古めかしい風潮などはマサイの戦士がスマホに順応している実生活を、見よ、それは慣習と慣習の、帆の張られた船と船の間に掛けられた丸太の上を歩いて渡っている。しかし俺は帰ったんである。実家に帰って親戚一同を祝福し、親に4月に仕事辞めてこちらに戻ってまいりますと嘘を付いて来たんである。それまで東京に飽きてやろうという魂胆である。この時、貯金はたくさんあった。

 2月は、自分の価値を高めたい気分になった。人の価値とはなんぞや?君たちは知っとるか?俺は歯を人以上に白くしたいと思ったので、去年親知らずを抜いてもらった医院の電話をけたたましく鳴らし、愛の女神が持つ完璧な楽器のような調子で予約を取った。今度はきちんと予約をしてから行ったので、俺の人としての価値は高まった。歯のホワイトニングの前には一通りの治療を済ませる必要があり、俺に新たな虫歯が見つかってしまったので、歯を白くする前に歯を削って金属をあてがうことになった。君たちはジルコニアを知っとるか?銀歯は死んでも嫌だったので銀色ではなく白色の金属を詰めることにしたんだが、これは保険が効かない。なに、俺には貯金がある、ホワイトニングと合わせて歯に10万、自分磨きですしよろしいでしょう。この時、貯金はまだたくさんあった。俺は使うべきものに使うことを知っている。ファイアーエムブレムスマホゲーに課金もしたがな。

 3月は、やたら酒を飲んでいる。仕事を辞めた時に職場の人に下北沢の朝からやっている飲み屋を教えてもらい、頭から酒を浴びているような人々が集まる酔っ払いの終着点で、みんな泥だ。俺も泥になっている。

小学生の頃、雨の日に、通学路でどこから垂れたのか、油の滲んだ水溜りを見たことがあるだろう。あれは虹色をしていて目には麗しいが、汚染されている。酒を飲むというのはあれを啜るようなものだと思う。酔っ払いにも良い人悪い人があるが、若い人間で、オタクでなく、沖縄の出身で、酔っ払っている者は全て悪だ。アリストテレスが生き物を分類する上でこれをきちんと記述しなかったのはなんとも嘆かわしい。彼らは複数人で酒を飲むと絶対に金を出さない上に暴力沙汰を起こす。暴力は最悪だ。俺は直接被害に遭ってはいないが、後処理で苦労をした。これは俺の人間関係の希薄さから招かれた前史時代のいかづちである。火を初めて見る人間がどうして火傷を免れようか。貯金は少し減ったが、まだまだ余裕はある。しかし、オタク以外に迎合すべからずと、通帳食べた黒ヤギさんが鳴き出した。

 俺はオタクを愛しているんだと、しみじみ思った。

なべて世はこともなく

 10月に兄が結婚し立て続けに翌月11月には姉も結婚し、鈴木家は寿の二歩であったが栄華ここに極まることなく更に順風満帆に栄えていくだろうと思われる。35にして結婚という姉の遅咲きにも涙ぐましいものがあったが、7年付き合った彼女と結婚した兄の挙式は特に感慨深いものであった。というのも彼らの巣入りのあらましには俺も一端を担ったからである。

 それは7年前、俺が高校3年生の夏に部活の引退を迎えた時のことだが、懸想をしておった2つ学年が下の美咲ちゃんという同じ部活で俺と同じく走幅跳をしていた子にもう一緒に練習ができなくなるからと思いの丈を伝え、見事OKを勝ち取った俺の心は無限に空気の入った風船のように飛翔し、天を千鳥足で駆け巡り、顔は祝福された大黒天で、家に帰ってから家族と一緒に夜ご飯を食べながら俺彼女できたんだ〜と発表し、告白時の心境について、轟然とした心拍と世界の回転によって血液は渦巻き、口腔は砂漠の昼空となり、声を詰まらせた舌は反芻する駱駝のようになり、すなわち死ぬほど緊張した、と語った。それを食卓で聞いていた俺と同程度に奥手な兄は、この健気な弟が勇気を振り絞って告白し彼女ができたという話に勇気付けられ、生まれて初めて未来のお嫁さんとなる相手に愛の告白をし、付き合い始めた、というのがこの度の寿の顛末である。兄は7年付き合って結婚し、俺はものの1ヶ月で振られたというのはささやかながら全米大感動のストーリーだろうな。

 そんな兄が先週姉の挙式に参加した際、挙式の最中にハンカチをズボンのポケットから取り出し涙を拭いているのを見て俺は式中ずっと心の中で顎を撫でながらニヤニヤしていたのだった。当然姉の花嫁姿というのも俺の涙腺を打ったものであった。

 姉婿とは結婚式が初対面だったのだが、集合写真を撮るときに挨拶をしにいったところ、姉が「これ弟だよ〜大学生の頃の私にそっくりなんだよ〜」と紹介してくれ、姉婿といえば「◯◯(姉の名前)よりかわいいじゃんw」と冗談を放ったので、このお上手めが!と小突いた。しっかりと姉を幸せにして欲しいものである。

 

 しかしながら、鈴木家は4人兄弟と言えど急に2人も実家から新居に越したのは一抹の不安を俺に起させる。両親はとうに老齢であり、父親に至ってはもう70に近く、飼っているわんわんも11歳という初老で、姉の結婚式翌日にお前なりの祝宴のつもりか?というような目出度い色の赤い尿を出し、俺が母親に付き添って動物病院に連れて行った。幸いそこまで深刻な病気でもなかったが、これから先、父も母も犬も歳を取り、そして生きるものすべての宿命としての点に辿り着く。その道中が不肖息子ながら心配なのである。

父に関しては矍鑠として事業を拡大しようとしており、その心意気に老体は遅れをとっていて、本来なら数年前には俺が引き継がなければならないものだったのを俺の東京への愛着やら未練やらがそれを遠ざけていたが、そろそろ俺は愛知に戻らねばならん、というのを深く感じている。

 生きるものすべての宿命として、人間ってやつは臨終に訪問する死神がもの忘れをしない才能を持て余すことなく行使するのと同量の責務を果たさねばならんこともあるのだ。父よ餅をまるごと食うのをやめろ。

神行太保の揺るぎなき快活な朝

 腹直筋は腹の甲羅であり、甲羅は外部からの衝撃を受け止めるのみならず内部からの膨張を防ぐ役割も担っている。

 8歳から18歳まで10年間常になんらかのスポーツクラブに所属していた俺の腹の甲羅も7年の堕落した歳月、怠惰の苔むす風によって老朽化し、かつてのモテスリムな身体からもどこかしら古城のような寂れを感じるようになったしなんか食後とか腹のあたり触るとブヨブヨするねん。

 つまり退化による進化などというものがあり得るのかという命題だが、アンチ・エイジングは時を遡らんとする望みであり、前進である。

 思い立ったが吉日。これが俺の行動根幹・基底であり、朝8時家に帰るなりすぐにタンスの「こんなこともあろうかと」シリーズの保管されている引き出しを開け、高校で陸上をやっていた時に着ていたシャツとズボン、シューズを履き、クラウチングスタートでよーい、ドン、玄関を飛び出しランニング開始。

 腹を鍛えるのが第一目標なので、俺はその課題をこなすために己に制約を与えることにした。

 まず一つが、鼻だけで呼吸することである。皆も経験はあるだろうが、走っていると次第に肺は多くの酸素を得ようとするため段々と口が開いてくるのだが、ここで口で浅い呼吸をさせずに鼻だけで大きく吸って吐いての繰り返しをさせるとそれに連動して腹筋が深く芯まで動く。これが腹のダイエットには効く。そして酸素を薄くするためにマスクをする。俺はやってやるぞと覚悟を決めたら徹底する男だ。

 二つ目に、iPodを持ち、ちょうど1時間で構成されるインドの陽気な音楽を聴き終わるまで何があっても走り続けること。これはハンターハンターでライオンみたいな奴がアルバムを取り出しこいつを聴き終わるとジャスト1時間なんだがお前をこの曲を聴き終わる1時間でぶっ殺してやんよみたいなこと言っててかっこいいと思ったから俺も1時間の曲が終わると同時にゴールにしようと思ったわけである。

 

 久しぶりのランニングは快活だった。昨日夕方の気短かな雷雨は湿り気を残して今朝を涼しくしたし、通勤前のサラリーマン、通学中の小学生、犬の散歩をする主婦、集合して朝礼をしているゴミ清掃員、老若男女さまざまなランナーたち、その合間を縫って走るオタク俺。ビューティフルザワールド。世界は回り続ける。花壇の草花を滑り台にして遊ぶ朝露、シルクのような触り心地のする風、すれ違う子どもたちの喧騒、全て俺が忘れてしまっていた世界だ。

 すっかり気を良くした俺は通り抜けていく自転車たちも愛おしくなり、また、ちょっとビビらせてやろうといういたずら心も生まれ、後ろから俺を追い抜かして行こうとする自転車が俺の横に来たその瞬間にランニング速度を急激に上げ自転車の走る速度ピッタリ横について走ってみせて、え?なんぞなんぞ?という顔をした主婦が驚きの表情と共に自転車を忙しく漕いで俺を置いて去ってゆくのを見てククク…と笑って見送ったりもした。

 しかし流石に自転車と並走するのはこたえたので、というか足と肺がそれぞれ裏返るほど苦しくなったのでマスクをポケットにしまい込み膝に手をついて呼吸を整え、そしてまたゆっくり走り出し、気分を変えるために曲を何度も変えているうちにそう言えば最初からカウントして何分走ったっけ?ってなってえーっと、たぶん3、40分くらいは走ったと思うしまあいいや帰るかつって帰って来ました。

 

安寧穏便無味にして曖昧


 俺を封印する立方体すなわち部屋の中に置かれたごみ箱すなわちバケツから湯気でも出ているのではないかと疑わしいような腐乱臭が釣り針となったのか小蝿の類が何処からともなく手繰り寄せられたかのように現れ、彼らの目的は生存であり矮小ながらきっと合理的であり機械的だがぶんぶん飛ぶその虫を1匹、両手ではたき殺め、その犠牲の上で俺は成り立っている。いや彼らは犠牲などではない。犠牲とは体裁を整えれば救済の一手段であり、例えるならホイップクリームを捻り出すあれあるだろ、あれみたいだろう。彼らは幸いか?俺に殺されるために生まれて俺の胃袋も睡眠欲も満たされるわけでもなく、ばっちいからティッシュで包んでプチっと潰して止めを刺して殺したんである。生命とはなんぞや。視界とはなんぞや。虞や、虞や。
 しかしどうも部屋に迷い込んでくる虫の数が多いのでインターネットの情報網を駆使し俺がこの春すでに6匹殺した黒いてんとう虫のような生き物について調べたところ、カツオブシムシという名前の虫らしく、こいつは衣服の繊維などを大量に食う繁殖力の強い害虫で一度繁殖すると駆除するのが難しくなるらしい。これはいかん!皆殺しにせねば!生命の尊さ儚さは実生活の煩わしさには勝てんのだ。俺はそれが悲しい。
 そうして雪原のごとくたまった埃、険しい山のごとく積み重なった衣服を掃除洗濯しようとした矢先1時間後に俺の家から徒歩10分の場所で午前150人午後150人参加というなかなかの規模の格ゲーの大会が開かれるという情報をキャッチしたので、こうしてはおれん! 皆殺しにせねば!といきり立ち10分で風呂に入り走って会場に駆け付けエレベーターで5階まで登り、エレベーターの開くボタンを押してどうぞどうぞと他の搭乗者を先に降ろすという余裕っぷりも見せ、スタッフに、おいエントリーしたいんだがと申しつけたところ、人が多すぎて当日エントリーはやっとらんと言うんである。聞いてねえぞこの野郎という気分だったが俺が何も調べてないだけの話なので、笑顔でさいですかと受け答え、くらげのように会場をふらふらしてそのまま退場し、近所のスーパーで豆乳を買って帰ってきた。
 愚かにも日々を無味にして曖昧にする男の乗った天秤のもう片側に6匹の小さな虫の死骸がぱらぱらと注がれ一体どれだけ量りが傾いたというのかね。安寧と穏便は無味にして曖昧であるよ。


夜も働けば長し死せよオタク

 かつて人類がまだ四本脚だった頃の話だが俺は逆さまにしても落ちないビー玉の入った瓶をまさに逆さまの状態で心に抱きながら一歩歩いてはカラン、一歩歩いてはコロンと、零れようにも落ちぬ切ない感情を刺激する鼓膜へ音を振動させ、腑にぷかぷか浮き、鋭音胸中をつんざくもそれは恋心に依って腸閉塞、しかして熱は鈍痛に、霧雨の夜新宿御苑を傘も差さず髪から水滴を垂らしながら練り歩いていた。
 時は行きて2016年春俺は相変わらずうだつの上がらない前途まじ無さげな畦道をてちてち歩いている。
2月、3月の忌々しいほどの忙しさから解放され工場は平和であった。
人が足りていたらあっちに回され人が足りなくてもこっちに回される便利屋な俺はこの平和な工場のいつもと違う班で作業をさせられていたんであるが、いつにも増して違うのは歳若き女の子が半径2m以内にいるということだった。済ました顔は作れども恋の免疫不全である俺は超ドキドキしながら作業をこなし、べ、べつに好きとかじゃないんだからねっ!と無言の(かつ無駄な)配慮をしてなるべく目を合わせないように努めていたが、やはり、可愛げなものを見ることによるヒーリング効果を人類は古くから経験によって知っており、遺伝子に刻まれた会得的行動によって俺はヒーリング効果を得んとすべくチラ見をすること百万、百億、百兆を超え、眼球の往復は地球の直径をもまたぐ距離ともなった。
しかしまあ、小学生の頃からどっぷりインターネットに浸かっていた俺にはおしなべて距離感というものが分からんのだ。俺の方向および距離の感覚の基底には、そもインターネットがあり、言わば大地は亀であって亀はすなわちインターネットであって、亀の上に俺がいて、海には日が文字通り沈み、海の向こうなんぞありゃしねえ、という世界であって、神は7日間のうちまず1日目でインターネットを作ってあと6日間休んだし、虚構と現実の逆転現象、遊戯王で例えるなら現世と冥界の逆転、しかるに、現実に腰を据えて生きている人々なら現実の捌け口がインターネットである所を、俺の場合はインターネットの捌け口が現実となってしまうのであって、なんかもう現実でいいからいいこと起きねえかなあとか思っているんだがこれはもう完全にお前らのせいであって、ちゃんと構ってくれないお前らが悪いので反省するように。
 そういうわけで、ドキドキワクワクな俺の労働はなんか話しかけちゃおっかなーでも恥ずかしいしなーというときめきで満たされており、ときめきメモリアルで特訓した会話術もここで開花すべしとばかりに会話の選択肢が脳内に提示される。いまこの子がやっている作業は腕に擦り傷付くんだよな、そうだ、そのことを心配していることを伝えよう、あー君、それやってると腕メンヘラっぽくなっちゃうよね気を付けてねクックック…(作業に戻る)
なんか失敗した気がするけど、いやどう考えても失敗したなこれという感じで愛想笑いしてそれきり本日のメモリアルは終了したのである。
 やっぱり俺にはインターネットしかないっしょ、と霧雨の朝の中てちてちと歩きながら帰路へ。



痺れ半刻、痛みは躙り寄る

今朝、コンビニに行く感覚で歯医者の門戸を叩きちょいと診てもらいたいんだがと頼み申すと受付に予約はしてありますか?と聞かれたので、いや無い、と返事をしたところまずは診察券を作って予約をしてくれと頼まれ、仕方ねえなあ〜ったくも〜の態度を隠しながら様々記入を済ませると、何日にしますか?と再び聞かれ、仮にコンビニに行ったとして欲しいものがすぐに手に入らないなんて馬鹿なことはあるまい、今日いますぐがいい、と駄々をコネコネしたら、受付嬢の、では2時間後に来てくださいの一言。やったぜ。
歯医者に行ったのは小学4年生の時以来なので実に15年ぶりの歯医者である。なぜ急に歯医者かというと職場の40代50代の独身男性たちと話していると、皆笑う時に口の中に歯がまるで見当たらないのが甚だ目立って仕方なく、会話をする度にわしゃこんなんなりとうないという気持ちを起こされるからである。
一度家に帰り、風呂に入り歯を磨き、時間になって歯医者を訪れ、受付をしてくれたお姉さんにレントゲンを撮るからここに掴まれ、これを噛め、顔を動かすなと指示されるがままになり、ハイテクな機械でビーガガガーと撮影を済ませ、着席。
そして颯爽と先生の登場である。40半ばくらいの女医であった。今日はどうなされましたかと医者の常套句を受け、はい左奥歯になにやら黒い筋、虫歯に相違ありません、診てくださいませんかと歯を診てもらったところ、そんな場所はてんでかさぶたみたいのようなもので、右奥の親知らず、上の右裏側の歯の方が軽い虫歯になっているのだと言う。俺が前々から鏡で見て心配になっていた左奥歯の黒い筋などコップの中の嵐に過ぎず、真に海をたゆとう鮫は親知らずと上段の歯の裏側という、鏡では見えない部分であった。知らないまま手遅れになる前に歯医者来て良かった〜って超思った。
親知らずは歯茎に被さってるし放置すると良くないからすぐに抜いた方がいいね〜と説明を受け、ああ、手術の予約をしてまた抜きに来なくてはならないのか、予定を入れなきゃいけないのは面倒だな、と落胆していたら今から抜いちゃおっか、と冗談にも聞こえるくらい軽いノリで聞かれたので、コンビニに買い物しに来たんじゃねーんだぞと思いながら、今すぐ抜きましょう!即答のちオペ開始である。
まあ最初から虫歯の疑いを口実に親知らずも抜いてもらおうとも算段していたので話の進み方がとても快活だった。親知らず抜くと小顔になるって言うしね。とは言え、歯を抜くというのは実際恐怖心を煽られるもので、いや先生、15年ぶりなんすよ、痛いの嫌すよ、絶対に痛みなく抜いてくださいよ、ちょっ麻酔苦い!うがいさせて!はぁっはぁっ、やっぱ緊張してきた、ふー、ふー、とか言っておったら大人なのに手術に向き合う態度が小学生みたいだと思いっきり笑われてしまった。そりゃまあ人生で俺の中の歯医者の記憶は小学で止まってるからな。
俺の親知らずがまっすぐ生えていたのと先生の腕前の素晴らしいのが奏して手術は5分程度で終わった。歯を抜くのってまじでペンチで抜くんだな。目隠しはされてたけど感触はおぞましい。
緊張がスーッと解けていき、ほぼ寝そうになっていたところ、抜いた歯要る?と聞かれ、せっかくなので貰うことにした。こいつは帰って俺のマンションの上階のベランダに向かって投げます。

見よ残香は汝にのみ不可視である

俺が主に作業する班にはヒエラルキーが3段階あってボスが1人いてその下に熟練者2名がおり俺と遅刻常習者であり風呂に入らない岡本というヒキガエルみたいな笑い方をするのが見習いの扱いでボスから毎日ハンマーで頭蓋を殴られておる。先日作業をしている折、先輩の片割れに土日何してた?とやかましいことを聞かれ、プライベートな質問につき心境はやれやれな容態であったが、いつものようにパチンコの話をされるよりかはマシだと思い、土日は一切外に出ることなくアニメに興じておりましたと俺が丁寧に答えたところ、それを聞いた先輩は日本のアニメは全部見たよと嬉しそうに豪語してくるものだからおいオタク、どんなアニメ見るんよの探り合いスタートである。ギャグアニメが好きだと語る先輩に俺は問う。先輩、ぷにぷに☆ぽえみぃは如何でしたか。曰く、え、なにそれ。改めて問う。では、まじかる?ぽか〜んなどは如何でしたか。あれは良いアニメでしたねえ。復た曰く、それ見たことないわ。などと、埒の開かないやりとりをしていると監督者がやってきて、先輩に向かって岡本(その日1時間遅刻すると連絡を寄こしてきたのに2時間経っても来ていない)は本日はお休みです、あと岡本これからはもう来ませんので、と告げ、俺は横でそれを捕食された牛ガエルのような表情で聞いていた。ディン!ドン!である。目の前の見えぬところで死人が出た。首チョンパ、である。岡本は風呂にさえちゃんと入れば悪いやつではなかったし作業をするにあたって役に立つ人間ではあったので二度と来られないとなると惜しい気もしたが、あいつは風呂に入らないのでその点については死刑で良い。俺も過去に家に引き篭もり1ヶ月に一回しか風呂に入らなかった時期があったが、それゆえコンビニの店員にすこぶる嫌われたので、以来自分のにおいというものに恐怖心がある。身から出た錆はかちかち山のたぬきであり、人の精神に依る性質である。