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夜も働けば長し死せよオタク

 かつて人類がまだ四本脚だった頃の話だが俺は逆さまにしても落ちないビー玉の入った瓶をまさに逆さまの状態で心に抱きながら一歩歩いてはカラン、一歩歩いてはコロンと、零れようにも落ちぬ切ない感情を刺激する鼓膜へ音を振動させ、腑にぷかぷか浮き、鋭音胸中をつんざくもそれは恋心に依って腸閉塞、しかして熱は鈍痛に、霧雨の夜新宿御苑を傘も差さず髪から水滴を垂らしながら練り歩いていた。
 時は行きて2016年春俺は相変わらずうだつの上がらない前途まじ無さげな畦道をてちてち歩いている。
2月、3月の忌々しいほどの忙しさから解放され工場は平和であった。
人が足りていたらあっちに回され人が足りなくてもこっちに回される便利屋な俺はこの平和な工場のいつもと違う班で作業をさせられていたんであるが、いつにも増して違うのは歳若き女の子が半径2m以内にいるということだった。済ました顔は作れども恋の免疫不全である俺は超ドキドキしながら作業をこなし、べ、べつに好きとかじゃないんだからねっ!と無言の(かつ無駄な)配慮をしてなるべく目を合わせないように努めていたが、やはり、可愛げなものを見ることによるヒーリング効果を人類は古くから経験によって知っており、遺伝子に刻まれた会得的行動によって俺はヒーリング効果を得んとすべくチラ見をすること百万、百億、百兆を超え、眼球の往復は地球の直径をもまたぐ距離ともなった。
しかしまあ、小学生の頃からどっぷりインターネットに浸かっていた俺にはおしなべて距離感というものが分からんのだ。俺の方向および距離の感覚の基底には、そもインターネットがあり、言わば大地は亀であって亀はすなわちインターネットであって、亀の上に俺がいて、海には日が文字通り沈み、海の向こうなんぞありゃしねえ、という世界であって、神は7日間のうちまず1日目でインターネットを作ってあと6日間休んだし、虚構と現実の逆転現象、遊戯王で例えるなら現世と冥界の逆転、しかるに、現実に腰を据えて生きている人々なら現実の捌け口がインターネットである所を、俺の場合はインターネットの捌け口が現実となってしまうのであって、なんかもう現実でいいからいいこと起きねえかなあとか思っているんだがこれはもう完全にお前らのせいであって、ちゃんと構ってくれないお前らが悪いので反省するように。
 そういうわけで、ドキドキワクワクな俺の労働はなんか話しかけちゃおっかなーでも恥ずかしいしなーというときめきで満たされており、ときめきメモリアルで特訓した会話術もここで開花すべしとばかりに会話の選択肢が脳内に提示される。いまこの子がやっている作業は腕に擦り傷付くんだよな、そうだ、そのことを心配していることを伝えよう、あー君、それやってると腕メンヘラっぽくなっちゃうよね気を付けてねクックック…(作業に戻る)
なんか失敗した気がするけど、いやどう考えても失敗したなこれという感じで愛想笑いしてそれきり本日のメモリアルは終了したのである。
 やっぱり俺にはインターネットしかないっしょ、と霧雨の朝の中てちてちと歩きながら帰路へ。