読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

神行太保の揺るぎなき快活な朝

 腹直筋は腹の甲羅であり、甲羅は外部からの衝撃を受け止めるのみならず内部からの膨張を防ぐ役割も担っている。

 8歳から18歳まで10年間常になんらかのスポーツクラブに所属していた俺の腹の甲羅も7年の堕落した歳月、怠惰の苔むす風によって老朽化し、かつてのモテスリムな身体からもどこかしら古城のような寂れを感じるようになったしなんか食後とか腹のあたり触るとブヨブヨするねん。

 つまり退化による進化などというものがあり得るのかという命題だが、アンチ・エイジングは時を遡らんとする望みであり、前進である。

 思い立ったが吉日。これが俺の行動根幹・基底であり、朝8時家に帰るなりすぐにタンスの「こんなこともあろうかと」シリーズの保管されている引き出しを開け、高校で陸上をやっていた時に着ていたシャツとズボン、シューズを履き、クラウチングスタートでよーい、ドン、玄関を飛び出しランニング開始。

 腹を鍛えるのが第一目標なので、俺はその課題をこなすために己に制約を与えることにした。

 まず一つが、鼻だけで呼吸することである。皆も経験はあるだろうが、走っていると次第に肺は多くの酸素を得ようとするため段々と口が開いてくるのだが、ここで口で浅い呼吸をさせずに鼻だけで大きく吸って吐いての繰り返しをさせるとそれに連動して腹筋が深く芯まで動く。これが腹のダイエットには効く。そして酸素を薄くするためにマスクをする。俺はやってやるぞと覚悟を決めたら徹底する男だ。

 二つ目に、iPodを持ち、ちょうど1時間で構成されるインドの陽気な音楽を聴き終わるまで何があっても走り続けること。これはハンターハンターでライオンみたいな奴がアルバムを取り出しこいつを聴き終わるとジャスト1時間なんだがお前をこの曲を聴き終わる1時間でぶっ殺してやんよみたいなこと言っててかっこいいと思ったから俺も1時間の曲が終わると同時にゴールにしようと思ったわけである。

 

 久しぶりのランニングは快活だった。昨日夕方の気短かな雷雨は湿り気を残して今朝を涼しくしたし、通勤前のサラリーマン、通学中の小学生、犬の散歩をする主婦、集合して朝礼をしているゴミ清掃員、老若男女さまざまなランナーたち、その合間を縫って走るオタク俺。ビューティフルザワールド。世界は回り続ける。花壇の草花を滑り台にして遊ぶ朝露、シルクのような触り心地のする風、すれ違う子どもたちの喧騒、全て俺が忘れてしまっていた世界だ。

 すっかり気を良くした俺は通り抜けていく自転車たちも愛おしくなり、また、ちょっとビビらせてやろうといういたずら心も生まれ、後ろから俺を追い抜かして行こうとする自転車が俺の横に来たその瞬間にランニング速度を急激に上げ自転車の走る速度ピッタリ横について走ってみせて、え?なんぞなんぞ?という顔をした主婦が驚きの表情と共に自転車を忙しく漕いで俺を置いて去ってゆくのを見てククク…と笑って見送ったりもした。

 しかし流石に自転車と並走するのはこたえたので、というか足と肺がそれぞれ裏返るほど苦しくなったのでマスクをポケットにしまい込み膝に手をついて呼吸を整え、そしてまたゆっくり走り出し、気分を変えるために曲を何度も変えているうちにそう言えば最初からカウントして何分走ったっけ?ってなってえーっと、たぶん3、40分くらいは走ったと思うしまあいいや帰るかつって帰って来ました。