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なべて世はこともなく

 10月に兄が結婚し立て続けに翌月11月には姉も結婚し、鈴木家は寿の二歩であったが栄華ここに極まることなく更に順風満帆に栄えていくだろうと思われる。35にして結婚という姉の遅咲きにも涙ぐましいものがあったが、7年付き合った彼女と結婚した兄の挙式は特に感慨深いものであった。というのも彼らの巣入りのあらましには俺も一端を担ったからである。

 それは7年前、俺が高校3年生の夏に部活の引退を迎えた時のことだが、懸想をしておった2つ学年が下の美咲ちゃんという同じ部活で俺と同じく走幅跳をしていた子にもう一緒に練習ができなくなるからと思いの丈を伝え、見事OKを勝ち取った俺の心は無限に空気の入った風船のように飛翔し、天を千鳥足で駆け巡り、顔は祝福された大黒天で、家に帰ってから家族と一緒に夜ご飯を食べながら俺彼女できたんだ〜と発表し、告白時の心境について、轟然とした心拍と世界の回転によって血液は渦巻き、口腔は砂漠の昼空となり、声を詰まらせた舌は反芻する駱駝のようになり、すなわち死ぬほど緊張した、と語った。それを食卓で聞いていた俺と同程度に奥手な兄は、この健気な弟が勇気を振り絞って告白し彼女ができたという話に勇気付けられ、生まれて初めて未来のお嫁さんとなる相手に愛の告白をし、付き合い始めた、というのがこの度の寿の顛末である。兄は7年付き合って結婚し、俺はものの1ヶ月で振られたというのはささやかながら全米大感動のストーリーだろうな。

 そんな兄が先週姉の挙式に参加した際、挙式の最中にハンカチをズボンのポケットから取り出し涙を拭いているのを見て俺は式中ずっと心の中で顎を撫でながらニヤニヤしていたのだった。当然姉の花嫁姿というのも俺の涙腺を打ったものであった。

 姉婿とは結婚式が初対面だったのだが、集合写真を撮るときに挨拶をしにいったところ、姉が「これ弟だよ〜大学生の頃の私にそっくりなんだよ〜」と紹介してくれ、姉婿といえば「◯◯(姉の名前)よりかわいいじゃんw」と冗談を放ったので、このお上手めが!と小突いた。しっかりと姉を幸せにして欲しいものである。

 

 しかしながら、鈴木家は4人兄弟と言えど急に2人も実家から新居に越したのは一抹の不安を俺に起させる。両親はとうに老齢であり、父親に至ってはもう70に近く、飼っているわんわんも11歳という初老で、姉の結婚式翌日にお前なりの祝宴のつもりか?というような目出度い色の赤い尿を出し、俺が母親に付き添って動物病院に連れて行った。幸いそこまで深刻な病気でもなかったが、これから先、父も母も犬も歳を取り、そして生きるものすべての宿命としての点に辿り着く。その道中が不肖息子ながら心配なのである。

父に関しては矍鑠として事業を拡大しようとしており、その心意気に老体は遅れをとっていて、本来なら数年前には俺が引き継がなければならないものだったのを俺の東京への愛着やら未練やらがそれを遠ざけていたが、そろそろ俺は愛知に戻らねばならん、というのを深く感じている。

 生きるものすべての宿命として、人間ってやつは臨終に訪問する死神がもの忘れをしない才能を持て余すことなく行使するのと同量の責務を果たさねばならんこともあるのだ。父よ餅をまるごと食うのをやめろ。